いつも皆様には大変お世話になりまして、本当にありがとうございます。
また、このありがとう通信も毎月お読みくださり、心から感謝申し上げます。
毎月の『社長の話』を書かせて頂きながら、
自分自身もっと成長できるように磨いてい行きたいと思っています。
さて、今月号では『言葉の考え方』というものを、私(社長)自身勉強したいと思います。
私は、仕事を休める時は1人で片道40㎞以上、できれば100㎞以上車で走って
色々なパワースポットめぐりをしたりしております。
パワースポットと言っても神社仏閣に行くことが多いです。
空気もきれいですし、心も浄化されます。
行き帰りの車の中でも仕事のアイデア等いろいろ考えることができます。
とても、楽しい時間です。
私は神社仏閣に行ってもお願い事はしません。
今この瞬間、健康でいられること、会社を無事経営させてもらっていること…等
色々な事に感謝を伝えております。
数日前に鈴鹿の椿大社に行ってきました。
その中には「経営の神様」松下幸之助さんを祀る珍しい社があります。
私は常々、経営に関しても人としても尊敬している方の一人です。
松下幸之助さんについて思い出す事がありましたので、書かせていただきます。
松下幸之助さんは、色々な事件の度に「わしは運が強い」「わしは運の強い人間だ」
ということを言い続けた人でした。
確か、真冬に舟から落ちて九死に一生を得たことがあると本でも読んだ事があります。
九死に一生を得るような事件があると「わしは運が強い」「わしはラッキーだ」「わしは幸運だ」
ということを言い続けました。
本当に運が強い、本当にラッキーな人と言うのは、九死に一生を得るような出来事や事件に遭遇しないと思うのですが、
幸之助さんは、そういう考え方ではなかったのです。
どんなことに対しても何であっても、常に「わしは運が強い」「幸運だ」と言い続ける人でした。
これから書かせて頂くことは、私も会社内で参考にしたい事です。
松下電器(現在はパナソニック)が大企業になっていく途中、就職希望の学生たちを
幸之助さん自ら面接していた時期がありました。
面接に来たすべての学生に、幸之助さんはこう質問します。
「あなたは今までの人生を振り返ってラッキーだったか、アンラッキーだったか、どう思いますか」
そこには東大や京大の優秀な学生も数多く来ていましたが、どんな優秀な学生でも
「今までの人生は苦労が多く、不運だったと思います」
と答えた人を幸之助さんは採用しなかったそうです。
「ちょっとラッキーだったかもしれません」という人も採りませんでした。
採用したのは、「私はツイていました」「ラッキーの塊でした」「幸運の連続でした」
と考えた人だけ。そのように答えた人をことごとく採用したらしいのです。
後に、その人たちが課長、部長といった社内の中核を占めるようになった頃、
人々に夢を与えるような、楽しさを与えるような商品が次々に生まれました。
当時の松下電器で発売された商品は、すべて奇跡的な売れ方をしたのです。
「自分はツイてる。本当に恵まれてきた」と言える人というのは「感謝の心がある」と
私は解釈いたします。
来月号では、私自身数年前まで誤解していた言葉の法則があります。
この事について触れさせて頂きたいと思います。
毎日がとても暑く大変ですが、皆様におかれましては、
熱中症などに気を付けてお身体を大事にお過ごしくださいませ。